住宅設計とヨット−ヨットあそび

Bulletin(日本建築家協会 関東・甲信越支部の機関紙)にのせた随筆より

木村俊介

 純白の富士山を望む東京湾は 空気が透き通るような快晴であった 

 必死に舵輪へしがみついている彼女をコックピットに残して 私は船首の手摺りにもたれながら冷たいワインを口に含む

 季節風を一杯に受けた白いセール 紺碧の空 舳先(へさき)を洗う波の音 そして風の音
 
 生きているということはこんなに至福なことなのか そして美しいということはこんなに人間を感動させることなのだろうか

 力強く風を受けて5トンもの船体を疾駆させているセールを見上げていると その曲面の姿に感動的な美しさを感じる 
 このセールの美しさは決して自然に造り出されたものではない 
 人間の知恵がセールを造らせ 乗り手が風に合わせて最良のトリムをする時 セールは隅から隅まで一分の隙もなく美しくなり そして最大の力で船を走らせる

 などとカッコ良いところを某誌に書いてみたが こんなすばらしいひとときは40年を超える私のヨットあそびの中にもそうそうあるものではない 

 天候が急変するのがなにも秋に限ったことではないのは 女心が季節を問わず激変するのと同じだ 

 海の上では 一天にわかにかき曇ればたちまち疾風がまき起こり 高まる波浪は容赦なく冷たいスプレーをあびせかける 
 ワインのほろ酔い天国は 一転して歯の根も合わない寒さと恐怖の地獄へとまっさかさまだ

 ヨットあそびは はたで見るほどカッコ良いものではないのである

 寿命の縮まるほどの緊張を味わう時もある 

 スピン(一番面積の大きなセール)がマストから降りなくなってしまう 

 風はますます強く 船はどんどん岩礁に向かって流されて行く などという時は必死である 
 生きて帰ることが出来ればもう二度とヨットには乗りたくない という思い

 そんな思いをしても また休日になると 待ちかねたようにイソイソと出かけて行く私

 大島へクルージングした時のことを思い出す 

 深夜 皆寝静まっている時 コックピットにたった一人で舵輪を握る
 
 漆黒の世界の中で 月の光に白く映し出されている三原山の荒涼とした姿 

 やがて月がおちる 

 満天降るような星 

 天の川がダイヤモンドをちりばめたように流れている 
 その流れの中に 北極星をマストの先に目指して進む
 
 聞こえるのは波の音と風の音だけ 自分の たった一人だけの別天地という気がしたなあ あの時は 

 なんとヨットあそびはすばらしいものなのだろうか

 ヨットというおあそびは 私にとって仕事とも大きなつながりがある
 
 せまい船の中でも その中で生活がおこなわれるというところが 住宅設計を主ななりわいとしている私にとってはこのあそびと仕事がむすびつく大きな接点なのである

 特に限られた面積の住宅の設計には このヨットの生活が大いに役立つ 

 ミニマムな生活空間を追求するのには狭い船室の中の生活体験が最高の住宅設計教材になるのだ
 また活字の世界でも ヨットのインテリアは話のたねとして大いに利用出来るしろもので 読者はしばしば煙に巻かれてしまう らしい
 曰(いわ)く
 「運用の工夫」「転用の工夫」
 
 すなわち狭いクルーザーヨットの内部はミニマムなスペースなので 運用上の工夫 すなわちあるものがひとつの空間を占めている場合に その用途はひとつだけとは限らない ひとつだけにとどめておいたのではもったいない という意味あいで転用の工夫もすることになる 


 いったん外洋にに出れば いくらお札(さつ)をちらつかせても だれも何も持ってきてはくれない 
 お札はせいぜいハナガミの役割しかない 

 必要最小限のものは必ず出航前に積み込んで そして不要なものは一切積まない どころかすでに不要になっているものはどしどし捨てる
 
 必要なものを全部積んでいたら人間が入る隙間もなくなってしまい 船が沈んでしまうのがおちだ
 
 だからひとつのものを多目的に使う工夫 多目的に使えるものを選択する工夫が重要になってくる これが限られた広さのマンション生活の極意である
 
 とまあこんな具合である
 
 詳しくは拙著「マンションのインテリア100章」(鹿島出版会)126〜131ページを参照願いたい
 ここでいう私のヨットとは 欧米でいうセーリングボートのことで 貴族や金持の所有するヨットとはまったく異なったしろものであり 誤解のないようにその概要をここに記しておきたい
 
 すなわち せいぜい3、4人がひしめき合いながら生活する 長さが4メートルくらい 幅は2メートルくらい 高さは私の身長ぴったりの船室を持つ全長9メートルほどのセーリングクルーザーのことである 

 まあ犬が住む犬小屋に毛の生えた程度の空間なのだが たったこれだけの狭いところに 人間が住まう機能が全部入っている 
 ベッドもあればソファもあるし 便所もあるから もちろんキチン(というスペース)もキチンとあるのである 

 船殻はヨットデザイナーが 船室は私が 設計し 船大工が1人で2年かかって造ったチーク製の我が愛艇でヨットあそびをするために 休日の打ち合わせや仕事をしなくなってからもう何年になるだろうか   
                −以下省略−
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